はじめに一番目のクローズアップで撮ったある花の写真をご覧いただきたい。
皆さんはこのような花を咲かせる樹木をご存知だろうか。この文章を読んでいただいている皆さんの中には、日々忙しい生活を送っていらっしゃる方々も多いと思うので、おそらく普段こんなに近付いてこうして花をじっくりと眺める機会はほとんど無く、このヒントだけでは絹織物のちりめんのような可愛い縮れた花を咲かせるこの植物の名前を思いつかないかもしれないので、では次のヒントを……!二番目のこの樹の幹の写真を見てほしい、この写真から何か気づくことはないだろうか。
実は五年ほど前に私はこの花を咲かせる植物の名前を、いま皆さんに問いかけたのと同じような順番をたどりながら、自分の記憶の中から花道を教えていた母が幼い日に語ってくれた話を手繰り寄せて、ようやく答えを見つけたのだった。
この樹の和名は「サルスベリ(猿滑)」。その名の由来は、幹の樹皮が猿も滑って登れないほどツルツルだからだと云われている。
では、どうしてそうなるのだろうか。ある本によればその理由は、多くの樹木が成長する過程でその幹を取り巻く樹皮の直下にある形成層の細胞の分裂と成長により、それが表面の古くなった樹皮を内側から押し出す際にいたる所に裂け目を生み出し、古くなった樹皮が細かくそれぞれバラバラに落ちてゆくのが普通であるのに対し、サルスベリの古い樹皮は広い範囲で見事に一斉に落ちるからだそうだ。
このサルスベリの写真は別に観光地のような特別な場所で撮影されたものではなく、私の住む所沢市が駅前へのアクセスをさらに良くする目的で十年ほど前に区画整理を推し進め開通させた「所沢駅西口通り」の歩道に街路樹として植えられたもので、以前ちょうど私がその名を思い出した場所で撮ったもの。しかも、それ以来たまたまこの道を散歩がてらに通ることはあっても、この樹々に気をとめることなどなかったのだが、すでに一年半以上も続いているコロナ禍の影響からあまり遠出ができないこともあって、ある日突然あのサルスベリはどうなっただろうかが気になり出し、もう一度見に行った偶然から生まれたものだ。
何とサルスベリの樹々たちは私の予想をはるかに超えて成長し、当時三メートルほどだった樹高が現在では倍くらいに達していた。しかもその花のほとんどが私が見上なければならないほどの位置にあり、わずかな風にもゆらゆらと揺れながら、あたかも天に向かって咲き誇っていたのだった。
だがその日は、手の届かない高いところにある花でも引き寄せて大きく写すことのできる望遠レンズに交換できるようなカメラを持ってはおらず、その日を境に晴天の空を背景にしたゆらゆら揺れるサルスベリの花の様子を一枚の写真に収めたくて、折りに触れてこの場所に足を運ぶことになった。
幸い7月末から9月末、夏から秋へと季節が移ろっても、サルスベリの花は相変わらず勢いよく咲き乱れ、一向に衰えるそぶりを見せることはなかった。そんなに花期が長い樹だったのかとあらためて植物図鑑を調べてみると、サルスベリが中国から日本に持ち込まれた植物であり、中国では「紫薇」と呼ばれ、同じサルスベリの発音でも漢字で「百日紅」と書くこともできることをあらためて知った。
日本では樹皮の様子から、中国ではその植えられていた場所や花期の長さに着目されこの樹の名称となったとは……、どうやら「できれば自分の望どおりの写真を撮りたい」という私の想いが、はからずも「所変われば品変わる」という言葉に似た言い得て妙な知識ももたらしたようだ。
ところで肝心の私の表現したい写真だが、まだ本当に満足できるものが撮れていない状態なので、来年もう一度挑戦してみようと考えており、自宅から歩いても行ける距離にあることも手伝って幸運がもたらされることを願っている。ただ、花もすでに散りごろとなった今となっては、それが叶うかどうかは来年までわからない。
文章&写真:吉井孝史
【参考:この文章を書くにあたって調べたこと】
- サルスベリ
- 紫薇の読み方
- 所沢駅西口の道路の名称
- 樹高の測り方
〔追記1〕
12月になって再び見に行ってみると、サルスベリは落葉中高木なので、光合成により植物の生命維持や成長のための栄養となる有機物を生み出していた葉もその役目を終えて地に落ち、すっかり幹や枝だけになってしまい、あたかも樹高が低くなったように思われた。
〔追記2〕
先日、何気なくWikipedia日本語版のサルスベリの項目だけでなく、中国語の同じ項目を確かめてみたところ、日本語版では中国語南部原産と書いてあるのに対し、中国語版ではインド(印度)原産と書いてあることに気づいた。
ということは、サルスベリはインドから中国を経由して日本にもたらされたことになるのかもしれない。